その四、年の始めはかくれんぼ

前編

「第一班、ポイントαに到着した」

 闇の中、衣擦れの音が止み、できるだけ絞った声が続いた。
 数秒の間のあと、何かを質問されたらしく、同じ声が答える。

「ああ、ターゲットを確認した。《競艇》が提供した情報に誤りは認められない」

 更に数秒の間が開き、その間に何度か「うむ……うむ……」と、返事をする声が聞こえる。

「了解。では予定通り、0030時、太陽奪取作戦を開始する」


   *****************************


 からんからん。

 錆び過ぎて、あまり有り難く感じられない大鈴の音が、その神社に響いた。その鈴の真下にある賽銭箱に、昭和三十六年のギザ十が惜し気もなく放り込まれる。
 その賽銭箱の正面では一人の青年が静かに手を合わせて祈っていた。私立K学園大学文学部一回生・森水陽太、十九歳である。願いごとは無病息災、これ以上ないくらいに無難なものである。

 元旦だというのに、その神社には殆ど人影が見られない。と、いうのも、もっと大きく、屋台がたくさん出ている賑やかな神社が近くにあるからだ。
 陽太は、あまり人込みは好きではなかったし、何よりこの神社は、大晦日の大掃除の後、ちょっと奮発して行った銭湯の帰り道にあったのでついでに寄ってみたのである。
 あまり信心深い方ではない彼ではあるが、一応やっておくに越した事はない。

「ま、こんなもんでいいか」と、陽太は独り呟くと、社から離れた。
 ちょっと寄り道をして、おみくじを買い、それを見た陽太は少し眉をしかめると、それを近くの木に結び付ける。

 その神社から去ろうと石段を下っている途中で、不意に背後から足音が聞こえた。
 振り返ろうと思った直後、自分の左腕にがっしりと別の腕が組まれ、捕まえられる。いきなりの出来事に戸惑っていると、右腕も同じように捕まえられた。

「………っ!?」

 思わず叫び声を挙げようと開いた口を、また別の腕が押さえる。次いで布のようなものが彼の口に巻き付けられ、猿ぐつわを噛まされた。更に両腕を後ろ手に、足は揃えて縛り上げられ、目隠しはされ、ヘッドフォンをかぶせられて身動きも出来ず、嗅覚と触覚のみが残される状態になる。
 触覚で抱え上げられた事が分かり、しばらく運ばれた後、嗅覚で周りの空気が変わった事を感じた。匂いでそこが車の中であるという事が分かる。
 車の中に放り込まれた時点で陽太はヘッドフォンを外された。その耳に聞き慣れたような女の声が飛び込んでくる。

「明けましておめでとさん、陽太」
「吉岡さん!?」
「ぴんぽーん、正解」と、今度は目隠しを外される。

 目の前にいたのは上下共に黒い服に身を包み、サングラスを掛けた吉岡千絵、私立K学園大学経済学部二回生、早生まれなのでまだ十九歳が座っていた。モデルでも通用するような長身とボディーライン、明るく色を抜いたベリーショートの髪型と、はっきりとした輪郭は見るからに快活な雰囲気を発散させている。

 陽太は急いで自分を捕まえた三人の顔も確かめてみる。全員吉岡と同じような格好をしているが、それぞれ自分が良く知っている人間である事はすぐ分かった。

「住之江、坂本さんに波瀬さんまで!?」
「なはは、明けましておめでとはん、陽太」と、サングラスを上げながら長髪を後ろで束ねた住之江健太郎、同大学法学部一回生、十九歳。サングラスを掛けているのでセンスのいい眼鏡は、今日はしていない。

「今年もよろしくね」と、こちらは坂本俊一、同大学文学部二回生、二十歳。彼も長身で、さらさらの髪を品よくまとめている、なんだか繊細そうなイメージのある男だった。

「よう、陽太。おみくじはやっぱり『凶』だったのか?」と、後ろから訪ねたのは同大学社会学部三回生、二十一歳の波瀬威(はぜ・たける)だった。いい身体をした、褐色の肌を持ち、頭を角刈りにした、いわゆるマッチョな男である。

「……何で分かるんです?」と、陽太が、どうやら図星らしく怪訝そうな顔をして訪ねると、波瀬は住之江を指し示して言った。
「こいつが凶は一番レアだから、陽太なら絶対に引くって言いやがったから、そこらへんを賭けにしてたんだよ」
「ねぇ? 俺の言うた通りでしょう?」と、住之江は波瀬と坂本に向かって手を出してみせた。二人の手からやや投げやりに夏目漱石が住之江に手渡される。

「ところで、どうしてここが分かったんです?」
 陽太が重ねて質問した。その質問には吉岡が、住之江を一瞥して答える。

「やっぱり住之江の情報さね。こいつはあんな事を良く知ってるよ、ホント。陽太は人込みが嫌いだから絶対にこっちの神社にくるはずだってさ」
「………!」

 陽太は思わず住之江を睨み付けた。こうも自分の行動の何もかもを見破られていると言うのは面白くない。住之江はそんな彼の視線を、ぺろりと舌を出して軽く受け流す。

「最後の質問」陽太は続いて質問を重ねる。「何でこんな真似をしたんです?」

 その問いに、陽太以外の全員が顔を見合わせてにやりと笑った。そして声を揃えて答える。

『単なるノリ!』


   *****************************


「で、ここから何処に行くんです?」と、機嫌の悪そうな顔をした陽太が運転席に座る波瀬に訪ねた。
「何処って、年始だよ、年始」と、答えながら、波瀬はエンジンを点火し、車を発車させた。

「誰の家に?」
「考えたら分かるだろ」
「分かるから考えたくないんです」
 陽太はこの質問で考えたら分かる人間以外の答えが帰ってくる事に一縷の望みをかけていたのだった。

 武松夫婦。
 彼らは同じ大学という他、こだわり道倶楽部、略してKWCというサークルのメンバーであるという共通点を持っていた。ちなみに活動はサークル名がほぼ全てを物語る。
 そんな彼らを統率するKWCの部長が法学部三回生の武松その人で、何故か学生結婚をして武松の妻となったのが文学部二回生の武松和泉なのである。

「でも波瀬さん、住所知ってるんですか? あの人、部員名簿にも住所載せてなかったでしょう?」
 一度どんなところに住んでいるのかを知りたくて、住所を調べた事があったが、少なくともKWCの部室内にはその手がかりは見付からなかった。
「その気になって調べりゃ分かるぞ」

「もう一ついいですか?」
「何だ?」と、波瀬はきちんと答えてくれているが、ちょっといら立ちの混じった声だ。
「どうしていつもより大人しい運転の仕方なんですか?」

 波瀬の運転は激しい。アクセルは常時全開にしていなければ気が済まず、コーナーというコーナーはタイヤを滑らせる。
 決定的なのは彼の信号の定義である。青が『全速力でつっ走れ!』、黄色が『何となく急げ!』、赤は『構わねぇで突っ込め!』だ。
 そのために彼の運転には必ず背後にパトカーのサイレンがつきまとうのだ。

「仕方ねぇんだよ! こればっかりは俺の限り無いドライビングテクニックを持ってしても無事には済まねぇからな!」
 いら立ちを吐き出すように波瀬が怒鳴った。

 陽太はその答えに首をかしげるばかりだ。周りを見ると住之江を始め、みんなしかめっ面をしている。だが、その顔が実は含み笑いを必至で堪えている顔なのが陽太にはよく分かった。
(まだ何かあるのか……)

 世にも珍しい波瀬の安全運転が三十分続いた後、波瀬のワゴンがある一件の邸宅の前に停車した。
 家宅ではなく、邸宅である。
 郊外とはいえ軽く二百坪はあろうかという広い土地に母屋と離れが別れた純和風の家屋、砂利が枯山水を形作る石庭、縁側から続く飛び石の先には高そうな錦鯉が泳いでいそうな池がある。

 思わず表札を確かめて眉をしかめた。
「……あれ? 武松さんの家じゃないんですか? ここ」
「誰が私の家に行くと言った?」
 頭上後方から声が降ってきた。

 陽太がくるりと振り返って、乗ってきたワゴンの上を見上げてみる。
「あけましておめでとう、森水陽太君」

 そこに座っているのは黒袴にサングラスという何とも言えない格好をした武松と、可憐に晴れ着を着こなす妻・和泉だ。

「ずっと……そこにいたんですか?」
「うむ、前から一度やってみたかったのだ」

 波瀬が不本意ながらも安全運転をした謎が解けた。この状態でいつもの運転をすれば、車の上から放り出されていただろう。

「……寒くなかったんですか?」

 その質問に、武松夫婦はそろって無言で歯をむき出しにして答えた。ガチガチと盛大な音を立てている。

「まあ、正月だからこそ、苦行で気を引き締めなければならないという事もある」

 相変わらず常人とは懸け離れた言動だとは思うが、最近実はこの人物は単なる馬鹿なのではないか、と思う事がある。
 それは置いておくとして、陽太の頭の中に一つの疑問が残っていた。

「じゃ、この家は誰の家なんです?」
「考えてみれば分かるっつったろ?」

 さあ当ててみろ、と言わんばかりに波瀬がちらりと視線を投げてくる。
 次いで頭上から、声が再び降ってきた。

「普通、年始参りというものは、目上の人間に対して行うものだ。私は確かに部長という役職についてはいるが、目上の人間とはいささか言いにくい。特に波瀬君などとは同級生、タメ口で話す仲であるし、私自身、君たちに神のごとく崇め奉られているなどという妄想を抱く程には自信家ではない。
 となると、我々でいう目上の人間とは一体誰の事であるのか、さて、森水陽太君、答えてみたまえ」

 武松は長ったらしく、だが淀みなく陽太が本来行うべきだった並べ立てた後、その答えの算出を陽太にまわす。

「……KWCの顧問?」

 ぴんぽーん
 波瀬が鳴らしたインターホンはまるで陽太の正解を祝うかのように鳴った。

 奥さんだろうか、年輩の女性の声が応対するのが聞こえると、まだ車の上にいる武松がインターホンの方に向かって大声で言う。

「神野(かんの)教授にお目通りを願いたい! 武松以下、KWCが年始に参りました!」

 神野教授本人に確認を取っているのだろうか、しばらくの沈黙の後、どうぞと言う声と共に、がらがらと盛大な音を鳴らして門が自動で開き始めた。
 だが武松はその場から動く様子を見せずに言った。

「恐縮だが、少しばかり降りるのが困難な場所にいるので、梯子を玄関先まで持ってきて頂きたい!」


   *****************************


 どこにでも名物教授というものが一人はいるが神野教授は紛れもなく、その一人だった。
 専門は民俗学なのだが、いかに幸せな人生を送るか、などと哲学めいた論理が講義中にしょっちゅうでてくる教授らしい。

 らしいというのも陽太は神野教授の授業を取った事がないからだ。文学部であるため、陽太も彼の講義を受講する事はできるが、神野教授の講義は人気が高いため、いつも教室は満杯になる。
 人込みがあまり好きでない彼はそれを嫌がり、神野教授の講義は意識的に避けていた。
 そんな神野教授がKWCの顧問だったとは。

「……って、ちょっと待って下さいよ」

 取り敢えず神野教授は手を離せないので、と陽太達は離れに案内されていた。今夜はここに寝泊まりをして教授には明日会う段取りとなっているらしい。
 ただ一人呼び出された武松は、先に神野教授に会いに、奥の方に案内されて行った。

「どうかしたの? 陽太君」と、坂本が思わず漏らした陽太の声に反応した。
「ウチって確か、非公認サークルでしょう? 何で顧問がいるんです?」

 それに対して答えたのは坂本の隣にいた吉岡だ。

「それを言ったら、ウチが部室を持ってる事からして変じゃないさ」
「そういやそーですね。しかも一般の部が貰てる部室棟の部屋ちゃうし」と、住之江も話に加わってくる。
「あたしも気になって聞いた事があるんだけど、なんでもあるきっかけでウチの部長と神野教授が意気投合しちゃって、そのコネであの使ってない部屋を分け与えてもらったんだってさ」
「へえ、じゃ、単に個人的な繋がりやったんやなぁ」と、住之江が感心した様子を見せる。

「しかし引っ掛かるな」と、陽太が呟いた。
「何が?」
「武松さんと意気投合する教授っていうのが。この豪邸の雰囲気からしてもタダモノじゃない。そういえば、吉岡さんや坂本さんは神野教授と面識はあるんですか?」
「あたしは初めてだね、教授と会うのは。坂本は履修した事があるらしいけど」

 吉岡が坂本に視線を移し、陽太と住之江が注目すると、坂本は言った。

「講義は面白いよ。人数は集まる授業って、生徒の管理が大変で面白い授業もつまらなくなっちゃう事が多いんだけど、皆静かに聞いてるしね」
「人格的にはどうなんです?」

 陽太の問いに、坂本は小首を傾げ、少し目を泳がせて答えを考える。

「さあ……、僕が見る限り普通の人だったと思うけど?」
「でも、人間って仕事の時とプライベートの時って人格変わったりするんちゃいます?」
「あ〜、それはあるかもね。仕事をしている間は人格者でも、家に帰ると暴力亭主、とか」

 その時、住之江、坂本、そして吉岡の間に視線が走る。
 そして全てを了解したように住之江が立ち上がり、取り敢えず、部屋の真ん中に配置されているちゃぶ台の上を片付けた。

 呆然と見守る、陽太、波瀬、和泉を部屋の端に押し退け、坂本はどっかりと上座にあぐらをかいて座った。
 部屋の入り口には、何故かなよなよとした感じで立つ住之江が配置され、準備が整った事を確認すると、吉岡は一つ咳をして何処からかMDプレイヤーを取り出し、スイッチを押す。
 その外部スピーカーからは、某長寿ドラマ定番のメロディがながれ始めた。

 ちゃちゃらちゃちゃちゃちゃちゃん、ちゃちゃん、ちゃちゃんちゃんちゃちゃんちゃん


「……アイツいつも『渡る世間は○ばかり』のサントラ持ってんのか……?」と、呆れたように呟いたのは波瀬だ。


 それが聞こえたのか聞こえなかったのかは知らないが、とにかく負けずに吉岡は語りの声を張り上げた。
「前略、職場では人望を集めるが、家ではがらりと性格を変える亭主『俊介』の暴力におびえる毎日を送る住子は今日も夫に尽くすべく、味噌汁をちゃぶ台の上に運ぶのだった」

 住之江、もとい『住子』は、お盆を表わしているものと思われる一冊のノートを持ち、気持ち悪いくらい、しなりしなりとした歩きかたで坂本、『俊介』の元に歩み寄って行った。

「『お待たせしましたえ、あなた♪』」

 そして、ノートの上に載っていた、味噌汁のお椀を表わしているらしい紙コップと、箸のつもりらしいボールペン二本をちゃぶ台の上におく。

「『うむ』」と、『俊介』は重々しい動作で箸のつもりのボールペンを持ち上げると、味噌汁のつもりで紙コップのなかの空気をずずずと吸い込んだ。

「げほっげほっげほっ……!」

 不自然に空気を吸い込んだ所為で、思わず『俊介』が咳き込んだ。しかし『俊介』はそんなアクシデントにもめげず、アドリブでそれを誤魔化す。
 『俊介』はがばっと立ち上がると、傍に座っていた『住子』を蹴飛ばす。

「『キャアァ!?』」
「『何だ、この味噌汁は!? 八丁味噌ではないか! 私は白味噌が好きだと何度言ったら分かるんだ!?』」


「あらあら、意外と甘党なのね」と、和泉が楽しそうに言う。


 すると『住子』は血色を変え、がばっと土下座する。「『申し訳ありまへん! ただ今代わりをお持ち致しますゆえ!』」

 その土下座をした『住子』を立ち上がった『俊介』がひとしきり、げしげしと踏み付けると、再び席につく。

「『え〜いっ、もう味噌汁はいいっ! 次を持ってこい!』」
「『次といいますと……?』」

 倒れた状態から、やっと顔だけを上げて聞いた『住子』を、『俊介』はギロリと睨み付けて、怒鳴り付ける。

「『馬鹿者ッ! スープの次は主菜に決まっておるだろうが!』」


「……フルコースか?」と、陽太が眉をしかめる。しかしフルコースだとすると、前菜が抜かされている。


「『………』」

 『住子』は黙ったままだった。姑くの沈黙の後、『俊介』が確認をするように尋ねる。

「『……無いのか?』」

 『住子』は神妙な顔で頷いた。

「『はい……、ございまへん……。味噌汁に全力を尽くしまして……』」

 『俊介』はガバッ、と立ち上がり、再度『住子』を蹴り転がす。

「『あれえぇぇ!』」

 そしてまたげしげしと踏み付ける。

「『もっとお踏み下さいませぇっ!』」と、『住子』の顔は何故か狂喜に満ちている。

「こうして、夫の理不尽な暴力に『住子』は耐えるのであった」
 吉岡が解説を挿入する。


「あながち理不尽でもねぇ気がするぞ」
「味噌汁一杯だけですもんね……」と、波瀬のツッコミに陽太が同意する。その隣では和泉がにこやかに笑ってズレた発言をする。
「全力を尽くして作ったお味噌汁ってどんな味がするのかしら?」


 『俊介』はひとしきり『住子』を踏み付け終えると、ちゃぶ台に手をかけて締めの言葉を放つ。

「『こんな食事で納得できるかッ! 蒸発するぞ、馬鹿者ぉっ!?』」

 そしてガバッとちゃぶ台を跳ね上げた。
 ちゃぶ台は空中に飛び上がり、ひっくり返る……はずだったが、その予想は裏切られた。

 ぱったん

 下の畳みごとひっくり返ってしまった。

 下の畳はちゃぶ台の下の部分だけ目立たないように、切り込みを入れていたらしい。そしてその直径の線にそって軸が入れられ、どんでん返しよろしくパタンと回転して裏返ってしまったのだ。
 そして裏にも同じような畳をはりつけ、くるりと裏返った後は、ちゃぶ台が無いだけで、見た目には何ら異常は無い。

『………』

 あまりにも意外な出来事に、坂本はもとより、この部屋にいる全員が絶句し、目を丸くしていた。
 取り敢えず、陽太が黙ったまま動いた。そして呆然としている坂本を退かせ、ゆっくりと足を持ち上げる。
 そして持ち上げたその足でどん、と思いきり床を踏み付けた。

 ぱったん

 やはり同じように、丸く切り取られた畳がひっくり返り、ちゃぶ台がくっついた方の畳が姿を表わす。

「……随分愉快な仕掛けだな」と、波瀬が半分呆れともとれる表情で呟いた。

 陽太は少し考えると、もう一度、強く床を踏み込み、その回転床をひっくり返した。だが、完全に裏返る前に縁を捕まえて回転をとめる。
 そして、回転床の為に切り取られているスペースに首を突っ込んで中を見回した。
 住之江や、吉岡も興味津々といった様子で覗き込む。

「……何や、普通の床下やん」と、住之江は残念そうに呟く。「もっとヤバいモン隠してんのやと思うたのに……」

 吉岡も床の穴から顔を引き抜いて同意する。

「全くだね。機関銃とか、脱税で隠した札束の山とか、白い粉とか……」
「……なんで一介の大学教授の家にそんなもんがなきゃいけないんですか」

 その時、ガラッと音がして、武松が入ってきた。入ってきた瞬間、彼の顔はこれ以上ないくらい訝しげに眉を歪めてみせる。

「……何をやっているのかね?」

 彼が部屋に入ってきて見えた光景といえば何故か円形に切り取られ、ちゃぶ台がくっついている畳をひっくり返している光景だ。そんな疑問を抱くのも無理はない。


「ふむ……なるほど」と、事情を聞いた武松は興味深そうに、回転床を眺めまわした。
「で、教授は何か言ってたのか?」と、寝るための布団を出しながら波瀬は呟いた。

 あれだけ大騒ぎをしていたので忘れていたが今はとっくに夜も更け切った、正真正銘の深夜なのである。

「それが……教授には会えなかった」
「どういう事です?」と、陽太が怪訝な顔を武松に向ける。
「私も応接間で待っていたのだが、何やら立て込んでいるようでね、暫くしたら神野夫人が私に、明日皆と一緒に会ってくれと言ってきた」
「なんや、新年の夜から忙しい人もいたもんやなぁ、大学教授ちゅうのも楽やないな…」

 同情的と言える住之江のコメントだったが、武松はこれにうんとは頷かない。

「いや、仕事ではないらしいから、あまり同情する事もないだろう」そう言って、武松は珍しく、本当に珍しく溜め息をついて言った。

Copyright 2003 想 詩拓 all rights reserved.